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卒業Diary.24 宮地裕二郎

  • 執筆者の写真: 部員
    部員
  • 2019年11月22日
  • 読了時間: 15分

更新日:2019年12月15日

平素より大変お世話になっています。 

今年度も東京学芸大学蹴球部に多大なるご支援、ご声援を賜りまして、誠にありがとうございました。

 

今回、卒業ダイアリーを担当します、東京学芸大学蹴球部主将を務めました、E類生涯スポーツコース4年の宮地裕二郎です。


卒業ダイアリーしんみりなりがちですが、明るくいきましょう。みんなのダイアリーがいろんな意味で強すぎて最後が私でいいのかなと思いますが、素直に、らしく、全力で書かせてもらいます。最後まで読んでいただけたら嬉しいです。

 

先ずは、簡単に自己紹介させてもらいます。

長崎県長崎市出身で、小学校1年生から地元の少年団、南陽FCでサッカーを始めました。小学校卒業後、単身大分へ行き、大分トリニータU-15、U-18でプレーしました。


それでは、江口達也からの質問に答えていきます。

たっちゃんは、会う度に噛むか舐めてきます。私のことが可愛くてしょうがないそうです。そんな彼には入院中、リハビリ期間とたくさん笑かしてもらいました。常に先頭に立って、ピッチ内外チームのために動き続けてくれた頼もしい副主将です。

 

1.先日のブログで少し人間らしさをみんなに見せたと思うのですが、何かとこだわりは強い方だと私は感じてます。

そんな宮地選手の食へのこだわりなど教えていただきたいです。作ってくれる人でもいたんですか?

 

何が少し人間や。

なんやと思っとったん。

 

三食しっかり食べる。運動量によって食べる量をコントロールする。五大栄養素をバランスよく食べる。ですかね、笑笑当たり前のレベルだと思います。積み重ねることに意味あり!

MCTオイルは味噌汁に入れてます。(末端冷え性改善しました)あとは、ひとり暮らしを始めた際に、ユースの頃、お世話になった栄養士さんに簡単に作れてしっかり栄養が取れるものを教えてもらいました。おすすめは、トマトとアボカドです。いやぁ、切るだけ!(霜降り粗品(柴田普))

 

作ってくれる人はいたかもです。

 

 

2.1年の頃からたくさん試合に出て来たミヤチユジロさんですが、印象に残ってる試合をどうぞ。

 

昨年の前期最終節立教戦です。

理由は、たまにしか来ることができない父親の前でゴールできたこと。そして、勝ちが少なく苦しい中、勝利に繋がるゴールを決めれて嬉しかったです。応援席から海里、ふじ、しゅんぺえ、ひろ、てら、同期たちを中心にみんなが駆け寄ってくれたのは今でも鮮明に覚えています。

あと、左サイド同盟のシメサバ君(OB大竹陸)が退場して、ドヤ顔で、ピッチを去っていったことです。いつか退場するなとは思っていましたが、しっかりやってくれました。彼は試合後、自ら最前列に行き、ビバ学芸踊ってました。地獄。

 

 

3.歴代のキャプテンの中でも誰よりも愛されていたYM8さんですが、今年1年キャプテンをやってみて、どうでしたか?ポジティブな感想をお願いします。

 

誰よりも愛されていたなんて、そんなこと言われたら嬉しすぎますよ。まちゃ・ドンゴロス大先輩(OB石川将人主将)と、○いて戦え大先輩(OB堀大貴主将)に自慢します。愛されていたというよりも、皆を愛していました。(笑)

 

キャプテンを務めたことで人間的にも大きく成長させてもらいましたし、仲間を想う気持ちが増しました。人を想って行動することは楽しいですし、良いこと、悪いことを含め、必ず何か学ぶものがあるのではと思います。自分をキャプテンとして認めてくれたみんなに感謝しています。

 

江口にしては真面目な質問でしたね。

彼も成長しました、笑。

 

卒業ダイアリー終わっちゃいますね。

仲間たちの熱い、熱い、ダイアリー読んでいただけたでしょうか?

それぞれの4年間、それぞれの素直な想いが書かれていて、込み上げてくるものがあります。

 

同期の仲間たち、学芸に来て良かったですか?

僕の答えは、Yesです。

すみません、得意の英語がつい出ちゃいました。

それでは、本文にいきたいと思います。

 

突然ですがイメージして下さい。

 

試合中、ゴールに向かって背後に抜け出そうとします。仲間はゴールに直結するパスを狙いましたが、ミスキックをしてしまいコーナーフラッグの方向にボールが流れます。追いつかない可能性の方が高いです。そのままピッチの外にボールが出れば相手のゴールキック。背後に抜けようとしている選手だった場合、みんなはどうするだろうか。何を考えるだろうか。

 

私は、せめてスローインにできないかと、ボールを追いかけ、スライディングしてでもゴールキックにならないように、なんとかしようとします。同じ相手ボールでも状況が変わってきますよね。

 

このプレーが正解だなんて全く思いません。ミスパスに対してエネルギーを使わずに立ち止まるのもありだと思います。だけど、最後まで諦めず走り、スローインにすることで、仲間が少しでも、ゆーじろーナイス!と思ってくれるなら、仲間の心が鼓舞されるのならば、迷いなく最後まで走ります。練習中や試合中、似たような状況は多く存在すると思います。ピッチの外へボールを出すか、出さないか。コーナーキックを与えるかスローインに逃れられるか。攻守において、数的優位をつくるダッシュができるか。あと一歩、足を出すか、出さないか。接触を恐れずに突っ込めるか。肉離れしようが顔面骨折しようが、私は、走ります。突っ込みます。ミスパスを簡単にミスパスにさせません。その一瞬を頑張れなければ、そっちの方が後悔するんです。

 

 

あと先考えず、その時の感情だけで突っ走ってきた人間にも得られたものがあります。


「少しの後悔と"ありがたい"経験」

 

 

1年目からスタメンで関東リーグに出る。

4年後、トリニータに戻る。

 

関東リーグ開幕の約1ヶ月前から大学の練習に参加し、私の大学サッカーがスタートしました。開幕までのわずかな期間で、スタメンを勝ち取りたかったので、東京に引っ越すギリギリまでユースの練習に参加しました。初めて行った練習試合(立教大学)で得点し、お試しだとは思いますが、次の試合でスタメンに選ばれました。開幕スタメンをずっと意識して準備してきたので、ここまでは計画通りでした。しかし、翌週の練習中に、左足首三角靭帯損傷。目指していた開幕スタメンはなくなりました。

 

ここから始まっていたのかもしれません。

 

私は、この怪我を、これから訪れる幾つもの怪我を、しっかり治さずに、テーピングや痛み止めでごまかし、少し痛みがあってもプレーができればすぐに復帰して、無理をしてプレーすることを選択していきます。サッカーがしたい。試合に出たい。その時の感情だけで行動していきます。

 

プロになる。

このままで大丈夫か?

もっと練習しないと。

もっとうまくならないと。

もっとおれはできる。

 

今の私のプレーはどのレベルにあるのか。大学生活、不安が頭を過ることは多々ありました。翔太くん(昨年度副主将鈴木翔太)が卒業ダイアリーで書いていましたが、グランドに足を踏み入れるだけで自然とサッカーがうまくなるようなこれまでの環境はありません。どうすればうまくなるか自分で考え、準備し、練習し、フィードバックする。とにかく必死でした。 オフの日も身体を動かし、怪我してもしっかり治さず、体調を崩しても我慢する。

ひとつ上の先輩方には、しっかり治せよ、お前ならすぐ試合出れるからとよく言ってもらっていましたが、わかっていても不安の方が上回り、自分を制御できずにいました。

 

1人で勝手に焦って、焦って、自分自身を追い込んでいました。

 

タイミングよくTwitterで流れてきました。

(休まずずっと練習している選手は、言葉を変えると本当の自分のピークパフォーマンスを知らないから、疲れた状態が自分の状態だと思っている。疲れた状態でできる技能を身体に刷り込ませてそれが染み付くとその技能自体が自分の成長を止めてしまうようになる)

 

まさにこの状態でしたし、考えれば誰でも分かりますよね。こんな状態でサッカーやっていても良いプレーできるわけないです。その時は気づけなかったです。

今年の8月にアキレス腱を断裂するまで、本当の意味で、自分自身の身体と心を理解することはできませんでした。

 

ひとつひとつの怪我をしっかり治さなかったことは少しだけ後悔しています。しっかり治していればもっと多くの試合に出場できたのではないかと思うので。でも、本当に少ししか後悔してないです。むしろ後悔してんのかな?学んだことの方が多かったです。

 

8月3日、関東リーグのアップ中にアキレス腱を断裂しました。怪我と病気でシーズン初めから試合出場できず、チームに迷惑ばかりかけていたので、この試合にかける想いは特別なものがありました。(当時の素直な気持ちは先日のブログに書かせてもらったので割愛します)

 

この怪我により、大学生活で試合出場することはできなくなりました。断裂した時の絶望感、溢れ落ちる涙、見えた景色、一生忘れないと思います。ですが、今となっては、アキレス腱を断裂して良かったと思っています。

 

11月10日、栃木市総合運動公園11時30分キックオフ。バスは9時に到着しました。バスの外にはすでに現地に到着し、大声で歌っているBチームの仲間たち。

 

心配ないからね

君の想いは誰かに届く

明日はきっとある

どんなに困難で挫けそうでも

信じることさ

必ず最後に愛は勝つ

 

バスを降りたら列ができていて、“ゆーじろー今日も戦おう、やってやろう”

 

言葉がでませんでした。

本当に嬉しかったです。

 

それ以上に、めちゃくちゃ悔しかったです。

 

ひとり、バスに戻りました。

この後、試合する選手たちは幸せだろうな。でたかったな。

チームは残留争いで危機的状況の中、私はこれまでも、そして、最終節のその日までピッチ外で応援することしかできません。

 

大好きな仲間たちの声を聞いてサッカーしたかった。

ぶっ倒れるまで走って、ピッチ上で勝利に貢献したかった。

点取ってみんなのところへ飛び込みたかった。

苦しいときに、そばで、戦いたかった。

 

この気持ちを殺して大応援団の中に行くのが、戦いでした。

 

だけど、だけど。

 

"今、自分ができることをすべきことをチームのために仲間のためにやろう"

 

よくみんなにはこの言葉を伝えたと思います。これを伝えると同時に自分にも言い聞かせ、今、何ができるのか、何をすべきなのか冷静に考え、判断しました。

 

開幕直前で怪我した時も病気で入院した時もアキレス腱を断裂した時も、みんなは支えてくれました。戻ってきてと願ってくれました。1番苦しかった時に、励まされ、助けてもらったから、みんなを心から応援できましたし、自分ができることを考え、行動することができました。

 

先ほども述べましたが、アキレス腱を断裂して良かったです。

なぜ、このタイミングで大怪我をしたのか。なぜ、あんなにも多くの人が連絡をくれたのか、励ましてくれたのか。なぜ、サッカーをしているのか、夢を叶えたいのか。これまでの選択は正しかったのか。これからどうしたいのか。アキレス腱を断裂したことにより(何もできない時期があったので時間がたっぷりあった)、これまでの様々な出来事を振り返り、経験を整理できました。自分自身とたくさん話せました。遅いと思うかもしれませんが、いろんなことに気づけました。「困難は愛が形を変えたもの」らしいですよ。

 

"献身性"

私にとってとても大切なものです。そしてこれは私の武器のひとつです。

仲間の為に走る。仲間の為に行動する。仲間の為に諦めない。仲間の為に。

 

 

自分らしく、宮地裕二郎にしか成し遂げられないものをみつけ、どんな壁もぶっ壊していきます。

 

 

ここからは感謝の気持ちを伝えさせてください。

 

南陽FC、私のサッカー人生はここから始まりました。

全日本少年サッカー大会は二年連続準優勝でみんなを全国大会に連れて行けなかったです。自己中でわがままだった私に最後まで付いてきてくれ、ともにサッカーをしてくれた仲間たちと小林監督にはもうひとつ上の景色を見せてあげたかったです。今でも悔しいです。南陽FCでの積み重ねがあったから、大分に行けました。みんなとサッカーできて楽しかったです。南陽FCの活動を通して私に関わってくれた皆さんありがとうございました。

 

大分で出会ったすべての方へ、大分での6年間はとんでもなく濃い毎日でした。こんな好きなる?ってくらい大好きになった、仲間に監督にコーチに先生に出会えました。今もなお、応援してくれているトリサポの皆さんにはいっぱい元気もらいました。2012年11月23日のPO決勝千葉戦は私も国立に行きました。昇格が決まった瞬間、サポーターの皆さんが泣き崩れ、抱き合い、叫び、喜んでいる姿、そして、この人たちをいつか私のプレーで最高の笑顔にしたいと強く思ったことを覚えています。いつか必要とされる選手になりたい。なる。

同期のみんなは、進む道で成功してね。勝手にみんな分もと思ってサッカー頑張ります。

何も成し遂げていないので、このくらいにさせてもらいます。支えてくれたすべての方に感謝しています。ありがとうございました。もっと頑張ります!

 

檜山監督をはじめ、コーチングスタッフの皆さん、4年間ご指導ありがとうございました。檜山監督には1年生の頃から試合に起用してもらい、多くの試合経験を積ませてもらいました。シーズン始めの頃は、何度も食事へ行き、互いの考えを伝え合い、チームのことについて話し合いました。普段はあまり感じられないと言ったら失礼ですが、選手のことを学芸のことを誰よりも考え、愛していることがわかりました。入院中、1番辛いのは君だから、謝るな。ゆっくり治してくれと電話で言われた時は号泣してしまいました。その言葉がすごく嬉しかったです。退院後も常に状態を気にしてくれて声をかけていただき、ありがとうございました。これからもご指導宜しくお願いします。


学大でお世話になったトレーナー、アスリートウェーブさん、永野さん、森さん。治っては怪我を繰り返し、迷惑ばかりかけました。夜遅い時間や仕事後に治療・リハビリをしてくれたこと、感謝しています。ありがとうございました。

ウェーブの松山さんには何度も勇気づけられました。兄貴みたいな存在で、私のしょうもない話をいつも笑って聞いてくれて、心が楽になりました。最終節のピッチに立たせてあげたいと言ってくれたことが本当に嬉しかったです。これからも松山さんと強くなりたいです。宜しくです!

 

後輩たち、これから先どんなに試合にかける想いが強くても、勝つことを祈っても負ける事はあります。未来のことなんて誰もわかりません。試合に勝ちたいと思うのは相手も同じです。しかし、勝率を上げる手段はあると思います。それは準備にこだわること。そして、今、自分ができることを全力でやり、チームとして個人としてやるべきことを徹底することだと思います。今、このチームのために何ができるのか、自分がやるべきことは何なのか、考えて下さい。できることは必ずあります。

つまらん冒険ならするな。自分を信じて突っ走れ。

期待の選手はめっちゃいます。俺だ。と思った人、正解!ずっと応援しとるけん!

 

同期のみんな、みんながすごく楽しそうだったので、4年間、馬鹿キャラ頑張りました。もういいかな。ありのままの私に戻って。みんなと関わることを避けていた時期もありました。入部当初、ピッチ内外、みんなのサッカーへの取り組み方・姿勢がどうしても理解できませんでした。蹴球部に所属してんだぞ。みんなにとってサッカーはそんなもんなのか?サッカーもっとがんばれよって。大分にいた時は、プロになるために、サッカーがうまくなるために努力し、サッカーのことばかり考えている、そんな奴らが私の周りには、当たり前にいました。そして、一緒に長崎から大分へ行き6年間同じ寮に住み、苦楽をともにしたある特別な仲間がいました。そいつは、大学でサッカーをすることはできませんでした。このような環境で育ち、こういうやつがいたからこそ、残念に思いました。先輩や後輩にも同じ思いはありましたが、同期には特に。だって、4年間一緒に戦っていく仲間だから。仲間の大切さは誰よりも知っていたから。最高学年になった時にみんなと学大を背負って戦うことがイメージできませんでした。しかし、逃げていてはなにも生まれない。私自身の姿勢や行動で少しでもいいから何か伝わればと思っていました。それからは話しすることも増えましたし、みんなを知ろうとしました。サッカーへの価値観は人それぞれでなんだと学びました。

今となっては、みんなが大好きで信頼しています。こいつらの為にといつも思えました。奇跡的な出会いをしたみんなと大きなことを成し遂げたいと言いましたが、真逆の結果になりました。私の力不足に限ります。助けてもらってばかりで、結局チームを助けることができず責任を感じてます。

海里には、試合中のリーダーシップ、様々なプレッシャー、ほぼすべてを背負わせてしまいました。大きな重圧があったにも関わらず、海里はどんな時も明るく、仲間を鼓舞し、私に元気をくれました。真のフロー人間です。大学で約束は果たせなかったけど、諦めないから待っててね。

目標に向かってみんなと歩んだ日々は宝です。こんな私を支えてくれてありがとう。

またサッカーしよう!


しゅんぺえ、ふじ、ひろ、てんせえ、(そたげ)、俺のこと好きすぎ!!


家族には感謝の気持ちを日頃から伝えているので、ここでは兄ちゃんにだけ。

今、私がサッカーをできているのは兄ちゃんのおかげです。兄ちゃんのサッカーしている姿を見て、やりたいと思い、サッカーに出会いました。練習中、ファールされて兄ちゃんの同級生に殴りかかったり、PK勝手に蹴ったりと好き勝手暴れていた私に、兄ちゃんは何も言わず、自由にプレーさせてくれました。南長崎のグランドでの練習試合で、兄ちゃんが蹴ったコーナーキックをヘディングで決め、ハイタッチしたのをなぜかずっと覚えています。ちょー嬉しかった。自慢の弟になれるようにもっとサッカー頑張ります。ありがとう。

 

最後に私自身に、身体から出ていたサインに大怪我して手術するまで気づけませんでした。怪我や病気、乗り越えてくれてありがとう。ご飯が食べられる幸せ、歩けることの幸せ、いろんなことに気づかせてくれてありがとう。これからも一緒に頑張ろう。

 

 

明日は関東リーグ最終節です。前節(第21節)の結果をもって、東京都リーグ降格が決定致しました。これまで、学大蹴球部OB・OGの皆様をはじめ、いつも応援して下さっているすべての方が築き上げてきた歴史を途絶えさせてしまいました。この場で何を書くことが正しいのか正直分かりませんが、残留できなかったことは間違いなく私の責任です。

 

ただ、皆さんには知ってほしいです。

改善しなければならないことはもちろんありますが、すべてが崩れていたかというと、そうではありません。仲間を信じ、スタッフを信じ、互いを応援しあい、助け合ってきました。自信を持って、学芸の文化にできるものを創ることができました。我々は、これまでにない、団結力と学芸愛がありました。そんなチームだったからこそ、衝撃的な結果でした。

 

この降格には必ず意味があります。意味があることだと思うだけで終わってはいけません。今の学大蹴球部員なら、あの経験ができて良かったと、降格したことが今に繋がっていると思える日がきます。

 

その時まで、一緒に前を向き続けよう!

苦しいときは、俺たちらしく助け合っていこう!

先ずは明日、その第一歩を踏み出そう。

 

これからも東京学芸大学蹴球部へのご支援・ご声援、宜しくお願い致します。

 

 

振り返ると、悔しい思いばかりしていますが、これまでの経験が今の私をつくり、成長させてくれました。こんな、ありがたい経験ができて幸せです。

 

思い描いた大学生活ではありませんでしたが、想像以上の経験と感動がありました。

学芸に来て本当によかったです。

 

 

“プロになって、点取って、ばり喜ぶ”

これがみんなへの恩返し。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


宮地 裕二郎




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